時計好きの間では「クオーツ(電池式)=安物」「機械式(ゼンマイ)=高級」という図式が一般的です。しかし、その常識をたった一つの例外で覆しているのが、グランドセイコーの「9Fクオーツ」です。
「クオーツを超えたクオーツ」──そう呼ばれるこのムーブメントには、機械式時計をも凌駕する複雑な機構と、技術者たちの狂気じみたこだわりが詰め込まれています。
今回は、世界最高峰のクオーツムーブメント「9F」の凄さを、3つの革新的な技術を中心に、マニアックに解説していきます。
「クオーツは針が細い」という常識への挑戦

一般的なクオーツ時計の弱点。それは「トルク(回転させる力)が弱い」ことです。電池を長持ちさせるために消費電力を抑える必要があり、重たい金属の針を回すパワーがありません。そのため、多くのクオーツ時計は、プラスチック製の軽い針や、ペラペラの細い針を使っています。
しかし、グランドセイコーは「見やすさ(視認性)」を最優先します。「太くて長い、立派な金属の針を回せなければ、GSではない」──この難題を解決するために、9Fクオーツは開発されました。
革新技術①:ツインパルス制御モーター
太い針を回すために開発されたのが、「ツインパルス制御モーター」です。通常のクオーツは、1秒に1回、信号を送って針を動かします。しかし9Fクオーツは、1秒間に2回、信号を送っています。「ト・トン」と2回ステップすることで、通常の2倍の力で針を動かしているのです。
この2回の動きは、肉眼では認識できません。あまりにも速すぎるため、私たちには1回で動いているようにしか見えません。見えないところで通常の2倍の手間をかけて、あの太く堂々とした針を力強く回しているのです。
革新技術②:バックラッシュオートアジャスト機構
安い壁掛け時計の秒針を見てください。秒針が止まるたびに、「プルプルッ」と震えていませんか?これは、歯車と歯車の間の隙間(バックラッシュ)が原因で起きる現象です。
グランドセイコーは、この「震え」を許しません。秒針が美しく、ピタリと目盛りの上で止まること。そのために開発されたのが「バックラッシュオートアジャスト機構」です。これは、秒針の動きに合わせて「ひげぜんまい」というバネを使って、微弱なブレーキをかける仕組みです。
1日に86,400回行われる秒針の停止。その全ての一回一回に対して、瞬時にブレーキをかけ、震えを殺し、ピタリと止める。この機構のおかげで、9Fクオーツの秒針の動きは、他のクオーツとは一線を画す「重厚で意思のある動き」に見えるのです。
革新技術③:瞬間日送りカレンダー
多くのクオーツ時計は、午後9時頃から日付がゆっくり変わり始め、午前0時頃にかけて完了します。「今は何日なのかわからない」時間が数時間続きます。
9Fクオーツは、ここにもこだわりました。日付が変わる瞬間、わずか1/2000秒という超高速でカレンダーを切り替えます。「パチッ」という音すら聞こえません。瞬きをしている間に、日付が変わっています。
クオーツ時計のトルクでこれを実現するために、バネを徐々に巻き上げ、一気に解放するという機械式時計のような複雑な機構(カムとレバー)を搭載しています。「たかが日付変更」に、ここまで命をかける。これがGSの狂気です。
見えないところへのこだわり「スーパーシールドキャビン」

電池交換などで裏蓋を開けた時、埃が入ると時計は止まってしまいます。9Fクオーツは、電池部と輪列部の間にシールド(壁)を設け、埃や塵の侵入を防ぐ構造を採用しています。これを「スーパーシールドキャビン」と呼びます。
これにより、長期間使っても潤滑油(オイル)が保たれ(保油性)、埃の侵入も防ぎます。通常のクオーツの寿命は10年〜20年と言われることもありますが、9Fクオーツは「一生モノ」として修理しながら使い続けられるよう設計されています。
さらに、見えないムーブメントの地板にまで美しい波目模様(コート・ド・ジュネーブ)が施されています。「電池蓋を開けた技術者だけが気づけばいい」──そんな粋なプライドが隠されています。
まとめ:実用時計の到達点

9Fクオーツは、「派手な新機能」はありません。スマホと繋がるわけでも、GPSがついているわけでもない。
しかし、
「太い針で見やすく」
「秒針が震えず美しく」
「一瞬で日付が変わり」
「長く壊れない」
時計としての「当たり前」を、世界最高レベルで極めた結果、生まれた傑作です。忙しいビジネスマンにとって、これほど信頼できるパートナーはいません。手間が少なく高精度。世界で最も実用的な、究極の「普通の時計」。それが9Fクオーツです。