時計をひっくり返してみてください。裏蓋の中央に、威厳のある動物が描かれています。そう、「獅子(ライオン)」です。
セイコーだから「S」とか、日本だから「侍」とかではなく、なぜあえて百獣の王ライオンなのか。そこには、グランドセイコーが創業時から抱き続けてきた、世界に対する「宣戦布告」とも言える強烈な野心が込められていました。
今回は、普段は見えないけれど、オーナーの肌に一番近い場所で咆哮(ほうこう)する、獅子の紋章の物語です。
1. 1960年、「時計の王様」になるという誓い

グランドセイコーが誕生した1960年。当時の日本の時計産業は、まだスイスに追いつけ追い越せの時代でした。
初代グランドセイコーの開発チームは、高い志を掲げました。
「世界最高級の腕時計を作る」
「スイスのクロノメーター規格を超える精度を出す」
その決意の象徴として選ばれたのが、百獣の王であるライオンでした。
「最高峰の時計=時計の王様(King of Watches)」
この紋章には、そんなシンプルかつ力強いメッセージが込められています。
控えめな日本人が、自ら「王様」を名乗る。当時の彼らがどれほどの覚悟と自信を持ってこの時計を送り出したか、想像するだけで胸が熱くなります。
2. 金のメダリオン時代。腐食との戦い
ヴィンテージGS(1960年代〜70年代)の裏蓋には、金色の「メダリオン」が埋め込まれていました。ゴールドの輝きを放つ獅子は、高級感の塊でした。
しかし、当時の日本は高温多湿。裏蓋は汗に晒される過酷な環境です。金とステンレスの隙間から汗が入り込み、腐食してメダリオンが剥がれ落ちてしまうトラブルも発生しました。
それでも、美しさを取るか、実用性を取るか。技術者たちは腐食しにくい素材や製法を模索し続けました。
ヴィンテージ市場で、メダリオンが綺麗に残っている個体が高値で取引されるのは、それが「生き残った獅子」だからです。
3. 刻印、そしてシースルーバックへ。形を変える獅子

時代は進み、実用性を重視して、メダリオンは「刻印」へと変わりました。ステンレスの裏蓋に直接レリーフ状に獅子を刻むことで、剥がれる心配はなくなりました。
シースルーバックの悩み
そして近年、機械式時計の楽しみとして「シースルーバック(裏スケルトン)」が主流になります。中身を見せたい。でも獅子も入れたい。
そこでグランドセイコーは、サファイアガラスの上に、うっすらと獅子の紋章をプリント(蒸着)する手法を取り入れました。角度によって、ムーブメントが見えたり、獅子が浮かび上がったりする──「技術(ムーブメント)」と「伝統(獅子)」の両立です。
(※ちなみに、クオーツモデルやダイバーズなど、堅牢性を重視するモデルは今でもシースルーではなく、ステンレスの裏蓋に立派な獅子が鎮座しています。これを好むファンも多いです)
4. 隠しライオン? 文字盤やラグに潜むアイコン
実は、裏蓋以外にも獅子は隠れています。
例えば、40周年記念モデルなどの文字盤パターン。一見すると幾何学模様に見えますが、よーく見ると、それは無数の小さな「獅子」の集まりだったりします。「隠れミッキー」ならぬ「隠れライオン」です。
また、最近のスポーツコレクションでは、時計のケース形状そのものをライオンに見立てています。ラグ(足)の形状が、ライオンの前足の爪のように力強くマッシブなデザイン(獅子甲冑デザイン)になっています。
5. 獅子を「着る」ということ。SLGC001の挑戦
2023年に発表されたクロノグラフ「テンタグラフ(SLGC001)」や、スポーツモデルのデザインコード。これらは、まさに「獅子の強さ」を具現化したものです。
ただ綺麗なだけじゃない。獲物を狙う野獣のような、圧倒的な迫力と筋肉質なフォルム。グランドセイコーは今、内なる獅子を表舞台に解き放とうとしています。
6. まとめ:自分自身を鼓舞する紋章

普段、時計を着けている時、裏蓋の獅子は誰にも見えません。あなたの手首の皮膚に、密かに押し当てられています。それはまるで、自分だけの秘密のお守りのようです。
大事な商談の前。負けられない勝負の時。
「俺の腕には、ライオンがついている」
そう思うだけで、少しだけ背筋が伸びる気がしませんか。
グランドセイコーを持つということは、王者のプライドを密かに共有するということ。その獅子は、明日もあなたの腕で静かに咆哮し続けます。