「グランドセイコーって、いつから存在するブランドなのだろう」。
そう感じてご来店されるお客様は少なくありません。
一本の時計を長く使うと決めるときほど、その背景にある歴史が気になるものです。
グランドセイコーは1960年12月に誕生しました。
60年以上の歴史を重ねてきた、日本を代表する高級時計ブランドです。
「世界最高峰の実用時計を目指す」という創業時の理念を、今もそのまま受け継いでいます。
時代ごとに、機械式・クォーツ・スプリングドライブという3つの駆動機構を磨き上げてきました。
この記事では、1960年の初代モデル誕生から現在までの歩みを年代順に解説します。
1967年の44GS、天文台コンクール、1998年の新規格、2004年のスプリングドライブを順に見ていきます。
さらに2020年の9SA5、2023年のテンタグラフ、2026年の大谷翔平選手パートナーシップまでを追いかけます。
歴史を知ってから一本を選ぶと、迎え入れる時計の重みが変わります。
時計専門店ハラダの店頭でも、歴史を踏まえた選び方のご相談を日々お受けしています。
1960年:国産最高峰の挑戦として誕生

諏訪精工舎が挑んだ「スイスに通用する高精度」
1950年代の国産時計は、海外の高級機に精度で追いつけていませんでした。
そのなかで諏訪精工舎は、ある目標を掲げます。
「世界に通用する実用時計を、自分たちの手で作る」という挑戦です。
当時の開発陣にとって、スイス・クロノメーター規格は大きな壁でした。
この挑戦を形にしたのが、1960年12月に発売された初代グランドセイコーです。
社内検定ではスイス・クロノメーター優秀規格に相当する厳しい基準が設けられました。
合格した個体だけを出荷するという運用も、当時としては画期的な取り組みでした。
国産時計が自ら高精度を名乗るための、厳しい内規を最初に定めた一本となります。
この姿勢が、グランドセイコーというブランドの出発点を決定づけました。
Cal.3180 が備えた高精度機構
搭載キャリバーは手巻のCal.3180です。
テンプの振動数を確保し、姿勢差を抑えるための調整が細部まで施されました。
温度・姿勢・日数を通して、安定した歩度を出すことが開発目標でした。
ケースはステンレススチール製で、外装には14K金張りを80ミクロンの厚みで施しています。
当時としては贅沢な仕様で、高級機としての存在感を明確にしました。
裏ぶたにはブランドを象徴するライオンエンブレムが刻印されています。
このライオンマークは、現在のグランドセイコーにも受け継がれる意匠です。
60年以上前の一本と現行モデルが、同じエンブレムで結ばれている点は興味深いものです。
歴史の連続性を示す小さなディテールといえます。
1960年12月、価格25,000円の衝撃
発売価格は25,000円でした。
当時の大卒初任給のおよそ2倍にあたる金額で、腕時計としては極めて高価な位置づけでした。
この価格設定には、「国産でもここまで挑戦できる」というブランド側の意思が込められていました。
1964年には二代目となるGSセルフデーターが登場します。
カレンダー機能と50m防水を追加し、実用時計としての守備範囲を広げました。
初代から四年のあいだに、グランドセイコーは着実にラインナップを整えていきます。
1967年:44GSと「グランドセイコースタイル」の誕生

第二精工舎が手がけた、燦然と輝く腕時計
1960年代の中盤、グランドセイコーは諏訪精工舎と第二精工舎の二拠点体制になりました。
そして1967年、第二精工舎初のグランドセイコーとして44GSが誕生します。
毎秒5振動の手巻機械式で、当時の主力機の一つに数えられました。
同じ1967年には、諏訪精工舎からブランド初の自動巻62GSも登場しています。
ベゼルレスの4時位置リューズという独特の構造で、実用性を追求した一本です。
この年は、グランドセイコーの表現の幅が一気に広がった節目といえます。
その前年の1966年には初代グランドセイコー規格が制定されました。
日差+6〜−3秒という社内基準で運用され、1969年には+5〜−3秒に改定されます。
この基準が、のちの新規格につながる品質文化の土台となりました。
3つのデザイン方針と9つの要素
44GSがいまも語り継がれているのは、腕時計としての造形言語を確立したからです。
開発陣は3つのデザイン方針を掲げました。
平面を主体とすること、ケース・ダイヤル・針で平面部の面積を極力多く取ること、各面は鏡面として歪みを極力なくすこと。この3点が土台です。
ここから、9つの具体的な要素に落とし込まれていきます。
のちに「グランドセイコースタイル」と呼ばれる造形ルールの完成です。
この考え方は、現行モデルのケースやダイヤル処理にも息づいています。
たとえばエレガンスコレクションのSBGW301は、44GSの造形文法を受け継ぐ手巻モデルです。
ケース外装の光の反射を見ると、60年近く前のデザイン思想がそのまま再現されていることが分かります。
ザラツ研磨 ― スイス発祥の鏡面技法
44GSのデザインを支える鏡面仕上げは、ザラツ研磨と呼ばれています。
この名称は、スイスの Sallaz(サラ)社製の研磨機に由来する技術です。
ドイツ発祥と紹介されることがありますが、正しくはスイスがルーツです。
研磨工程では、錫(すず)製の回転盤にラッピング剤を塗ります。
職人が手で角度を保ちながら、面を丁寧に仕上げていきます。
わずかな歪みも光の反射に表れるため、熟練の技能が欠かせません。
この技法が、グランドセイコーの「歪みのない鏡面」を生み出す中核となっています。
44GSから現行のSBGW301まで、同じ思想で磨かれ続けている一筋です。
SBGW301 基本スペック
| コレクション | エレガンスコレクション |
|---|---|
| キャリバー | 9S64 |
| 駆動方式 | メカニカル 手巻 |
| ケース素材 | ステンレススチール |
| ケースサイズ | 37.3×44.3×11.7mm |
| 防水 | 日常生活用防水 |
| メーカー希望小売価格(税込) | 671,000円 |
1960年代後半:天文台コンクールでの世界挑戦

ヌーシャテル天文台コンクール(1967年)
1960年代のスイスには、時計の精度を競う公式コンクールがありました。
ヌーシャテル天文台コンクールとジュネーブ天文台コンクールの二つが、特に権威ある大会でした。
各社は専用の高精度ムーブメントを投入し、数週間にわたる試験で順位を競いました。
グランドセイコーは1964年からスイス天文台コンクールへの挑戦を続け、1967年のヌーシャテル天文台コンクールでは第二精工舎が企業賞シリーズ賞2位、諏訪精工舎が同3位を獲得しました。
この結果は、日本の時計技術が世界水準に達したことを示す出来事となります。
ジュネーブ天文台コンクール(1968年)
翌1968年のジュネーブ天文台コンクールでは、機械式部門で上位をセイコー勢が独占しました。
総合順位の1位から3位はスイスのクォーツ式ムーブメントが占めたものの、機械式としての世界最高水準を日本勢が示す結果となります。
ここで蓄積された調整技術が、のちの市販モデルにそのまま生かされることになります。
コンクール用ムーブメントは、手作業で徹底調整された特別品でした。
量産モデルとは異なりますが、開発陣は次の課題を据えます。
「この精度を量産でどこまで再現できるか」という問いです。
コンクールで培われた技術が61GS/45GSへ
コンクールで磨かれた技術は、1968年発売の61GSと45GSに展開されました。
国産初の10振動ハイビートを実現し、自動巻と手巻の両方でラインナップが整います。
1969年にはV.F.A.(Very Fine Adjusted)と呼ばれる超高精度特別調整品も登場しました。
V.F.A.は月差±1分以内という、当時の量産機械式としては驚異的な精度を誇りました。
コンクール挑戦で得られた調整ノウハウが、実際に市販モデルの精度を引き上げたのです。
グランドセイコーにとって1960年代後半は、技術的な黄金期となりました。
1970年代〜1998年:クォーツショックと二度の復活

クォーツショックによる実質的な休止期
1969年、世界初のクォーツ腕時計が登場しました。
これを皮切りに1970年代に入ると、機械式高級時計市場は大きく揺らぎます。
いわゆるクォーツショックと呼ばれる構造変化です。
グランドセイコーも例外ではありませんでした。
1970年代の中盤以降、機械式グランドセイコーの生産は大幅に縮小されます。
1970年代後半には、事実上の休止状態となりました。
この時期は、日本の時計産業全体がクォーツに舵を切っていた時代でした。
高精度を追求するという思想は、むしろクォーツで受け継がれていきます。
機械式は静かに次の復活を待つことになりました。
1988年 95GS ― クォーツでの復活
1988年、グランドセイコーはクォーツ式の95GSとして復活します。
年差±10秒という、当時としては画期的な高精度を実現しました。
一般的なクォーツが月差±15秒前後だった時代に、これは頭ひとつ抜けた数値です。
95GSの登場により、新しい姿勢が示されます。
「グランドセイコーはクォーツでも最高水準を目指す」というメッセージです。
1993年には9F83を含む9Fクォーツ系列が始動しました。
9Fクォーツには、新機軸が数多く盛り込まれています。
バックラッシュオートアジャスト機構や、ツインパルス制御モーターなどが代表例です。
実用精度の頂点を狙った、堅牢な設計思想を持つ系列として現在も続いています。
1998年 9S55 と「新グランドセイコー規格」の制定
機械式グランドセイコーが正式に復活したのは1998年でした。
キャリバー9S55を搭載した新世代の機械式モデルが登場します。
この復活と同時に、1998年に「新グランドセイコー規格」が制定されました。
新規格は、17日間・6姿勢・3温度のもとで検定を行う厳しい社内基準です。
平均日差+5〜−3秒という数値を、量産機械式で安定的に達成することが求められます。
この基準は、現在の9S・9SA5・9SC5といったキャリバーにも引き継がれています。
1988年のクォーツ復活と、1998年の機械式復活。
この二度の復活がなければ、今日のグランドセイコーはありません。
クォーツショックという試練を経て、ブランドはむしろ技術の幅を広げることに成功したのです。
1999年〜2020年代前半:第3の機構と独立ブランド化

2004年 Cal.9R65 ― スプリングドライブの実用化
2004年、グランドセイコーにスプリングドライブという第三の駆動機構が加わります。
同年に発売されたSBGA001が、キャリバー9R65を初めて搭載したモデルでした。
機械式とクォーツの中間に位置する、独自の構造を持つ機構です。
スプリングドライブは、機械式のぜんまいを動力源とします。
そのうえで、調速機構に水晶振動子と電子制御を組み合わせた独自構造を採用しました。
秒針がなめらかに流れるように進む点が、大きな特徴です。
ここで押さえておきたい点があります。
スプリングドライブはセイコーグループの技術であり、グランドセイコー専用ではありません。
GSへの採用は2004年からで、それ以前からセイコーグループ内で開発が進められていました。
9R65は平均月差±15秒という高精度を実現しています。
日差換算でおおむね±1秒相当という水準で、実用時計として非常に安定した数値です。
この機構を採用した現行モデルの代表がSBGA211です。
SBGA211 基本スペック
| コレクション | ヘリテージコレクション |
|---|---|
| キャリバー | 9R65 |
| 駆動方式 | スプリングドライブ 自動巻(手巻つき) |
| ケース素材 | ブライトチタン |
| ケースサイズ | 41.0×49.0×12.5mm |
| 防水 | 日常生活用強化防水(10気圧) |
| メーカー希望小売価格(税込) | 902,000円 |
SBGA211の文字盤は、信州・穂高連峰の風雪紋を表現したパターンとして知られています。
スプリングドライブの製造は、長野県塩尻市の「信州 時の匠工房」で行われています。
長野の風景と、長野の工房で生まれる一本という物語が重なります。
2010年 海外展開と2017年のブランド独立
グランドセイコーは2010年に本格的な海外展開を開始しました。
日本国内だけでなく、欧州や米国でも正規の販売網を整えていきます。
ブランドの知名度は、この時期から一気に国際的になりました。
2017年には、セイコーブランドから独立した単独ブランドへと再編されます。
ダイヤルからは「SEIKO」表記が外れ、「GS」ロゴ中心の現在の表示に切り替わりました。
この独立は、世界戦略における大きな節目となる出来事です。
2020年 9SA5 と グランドセイコースタジオ 雫石
2020年、機械式の最新世代キャリバー9SA5が登場します。
10振動ハイビート、80時間パワーリザーブ、デュアルインパルス脱進機などを盛り込んだ意欲作です。
このキャリバーを搭載した代表モデルが、白樺ダイヤルで知られるSLGH005です。
SLGH005の文字盤は、岩手県の自然からインスピレーションを受けています。
グランドセイコースタジオ雫石近郊の白樺林が、そのモチーフの源です。
機械式キャリバー(9S・9SA5・9SC5)の製造は、この雫石スタジオで行われています。
同スタジオは2020年7月20日に新築オープンした施設です。
建築家の隈研吾氏が設計を手がけ、ブランド60周年を記念する拠点として誕生しました。
現地の自然と建築が、製品そのものの印象を静かに支えています。
SLGH005 基本スペック
| コレクション | エボリューション9 コレクション |
|---|---|
| キャリバー | 9SA5 |
| 駆動方式 | メカニカル 自動巻(手巻つき) |
| ケース素材 | ステンレススチール |
| ケースサイズ | 40.0×47.0×11.7mm |
| 防水 | 日常生活用強化防水(10気圧) |
| メーカー希望小売価格(税込) | 1,276,000円 |
2023〜2026年:テンタグラフから大谷翔平選手とのパートナーシップへ

2022年 Kodo GPHG 受賞
2022年、グランドセイコーは国際的な賞を受賞しました。
「Kodo Constant Force Tourbillon」で、GPHGクロノメトリー賞を獲得したのです。
GPHG(ジュネーブ・ウォッチメイキング・グランプリ)は、時計界で権威ある賞の一つに数えられています。
Kodoは、定力機構と一軸トゥールビヨンを融合させた意欲的なキャリバーです。
量産を前提とせず、ブランドが持つ技術の頂点を示す存在として位置づけられています。
日本ブランドがこの部門で認められたことは、国際的な評価の高さを象徴する出来事となりました。
2023年 SLGC001 ― ブランド初のメカニカルクロノグラフ
2023年6月9日、グランドセイコーはSLGC001「TENTAGRAPH」を発売しました。
ブランド初のメカニカル自動巻クロノグラフとして、大きな話題を集めた一本です。
搭載キャリバーは9SC5で、10振動ハイビートと3日間パワーリザーブを備えています。
「テンタグラフ」という名称は、4つの要素を組み合わせた造語です。
10振動(Ten)、自動巻、3日間パワーリザーブ、クロノグラフという機能の頭文字に由来します。
ここで注意したいのは、スプリングドライブ系ではなく純粋な機械式クロノグラフである点です。
SLGC001 基本スペック
| コレクション | エボリューション9 コレクション |
|---|---|
| キャリバー | 9SC5 |
| 駆動方式 | メカニカル 自動巻(手巻つき) |
| ケース素材 | ブライトチタン(一部セラミックス) |
| ケースサイズ | 43.2×51.5×15.3mm |
| 防水 | 日常生活用強化防水(10気圧) |
| メーカー希望小売価格(税込) | 1,980,000円 |
2026年 大谷翔平 グローバルパートナー就任
2026年3月12日、グランドセイコーは新たな発表を行いました。
メジャーリーガーの大谷翔平選手が、2026年からグランドセイコーのグローバルパートナーに就任する、という内容です。
この取り組みは「The Grand Moments プロジェクト」と名づけられました。
ここで押さえておきたいのは、大谷選手の立場です。
「アンバサダー」ではなく「グローバルパートナー」という関係である点が重要になります。
パートナーシップとは、単なる広告契約を超えた長期的な取り組みを意味します。
時計専門店ハラダの店頭でも、2026年3月の発表以降に変化を感じています。
「大谷選手が着けているブランドに興味を持って来店しました」とおっしゃるお客様が増えました。
歴史を背景にパートナーシップを理解していただくと、単なる契約以上の意味合いが見えてきます。
グランドセイコー主要年表

1960〜1979年の主要モデル
1960年代から1970年代にかけて、グランドセイコーは国産最高峰というポジションを確立しました。
諏訪精工舎と第二精工舎の競争が、ブランドの幅を広げた時期です。
以下の表で主要な出来事を一覧できます。
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1960年12月 | 初代グランドセイコー発売(Cal.3180、25,000円) |
| 1964年 | GSセルフデーター発売 |
| 1966年 | 初代グランドセイコー規格 制定 |
| 1967年 | 44GS、62GS 発売 |
| 1968年 | 61GS、45GS 発売(国産初10振動ハイビート) |
| 1969年 | 61GS V.F.A.、45GS V.F.A. 発売 |
| 1970年代後半 | 機械式グランドセイコー 事実上の休止 |
1980〜2020年代の主要モデル
1988年のクォーツ復活から現在までは、多様な駆動機構で挑戦を続けた時期です。
機械式・クォーツ・スプリングドライブの三本柱がそろいました。
海外展開やブランド独立を経て、国際的な評価が定着していきます。
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1988年 | 95GS(クォーツで復活、年差±10秒) |
| 1993年 | 9Fクォーツ系列 始動 |
| 1998年 | 9S55発売、新グランドセイコー規格 制定 |
| 2004年9月 | SBGA001(Cal.9R65)発売、スプリングドライブ実用化 |
| 2010年 | 本格的な海外展開開始 |
| 2017年 | セイコーから独立ブランド化 |
| 2020年7月 | グランドセイコースタジオ雫石 新築オープン |
| 2020年 | Cal.9SA5 発表、SLGH005「白樺」登場 |
| 2021年10月 | メーカー保証期間を3年から5年に延長 |
| 2022年 | Kodo GPHGクロノメトリー賞 受賞 |
| 2023年6月 | SLGC001「TENTAGRAPH」発売 |
| 2026年3月 | 大谷翔平選手 グローバルパートナー就任 発表 |
まとめ ― 歴史を知って選ぶ一本

グランドセイコーは1960年12月の誕生以来、60年以上にわたって実用時計の高精度を追い求めてきました。
1967年の44GSで造形言語を確立し、1998年に新規格を定め、2004年にはスプリングドライブを実用化しました。
そして2020年の9SA5、2023年のテンタグラフ、2026年の大谷パートナーシップへと、挑戦の連なりが続いています。
歴史を知ってから一本を選ぶと、迎え入れる時計の重みが変わります。
歴史あるアイコンは、一生のうちに出会える回数がそう多くありません。
ご自身の節目に迎え入れる一本として、ぜひ実物に触れてみてください。